-----------------------------------------------------------「Tango Noir」
「Tango Noir」
闇が月を飲み込む夜
訪れる漆黒の聖夜
君は私の腕の中で一匹のしなやかな獣に変わる
二人を包む音楽は讃美歌でもクリスマスキャロルでもなく
バンドネオンが紡ぐピアソラのタンゴ
悦楽に啼く女の嬌声のような高音
人生に呻吟する男の呟きのような低音
高く、低く、音はうねり
私たちを楽園へと誘う
私というカオスと君というカオス
二つの混沌は熔けるように交わる
私のうなじを抱え込む君の細い腕
象牙のような白さが闇の中に映える
哀愁をかき立てるような響きに合わせて君を強く引き寄せた
私を引きつけ容易には離さないその瞳
踊ることでますます溺れると知っていながら
私は君をパートナーに選んだ
焦燥感を煽るようなリズムに弄ばれながら私たちはステップを踏む
もっと深く、もっと強く君を感じていたい
艶やかに光る深紅の唇は蜜のように甘い誘惑の象徴
交わされる視線、絡み合う足
私のリードに乗って弓のように反り返る君の胸元に汗が浮かぶ
口づけを交わすほど近く
突き放されたように遠く
音に合わせて私たちの距離はめまぐるしく変わる
私が君に熔けるように
君が私に熔けるように
もっと深く、もっと強く君をつなぎ止めていたい
熱を帯びた私の指先が君の頬をなぞれば
か細い吐息が君の唇からこぼれ落ちた
神の御子の生まれたこの夜に
私たちも生まれ変わる
ただ一人の男、ただ一人の女
混沌の海の中に漂いながらお互いを深く求め合う
タンゴという魔力に彩られた聖夜
狂おしいほどの欲情と切なくなるほどの愛情
純白の天使が黒衣の堕天使に変わる夜
ラビリンスに迷い込んだように
私たちの宴はいつ果てることもなく続く
fin.